相続制度の理解にちょうど良い入門書

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『資産5000万円以下のふつうの家族が、なぜ相続でもめるのか?』梶野雅章

まえがき

父の入院を聞いて、身体や介護の心配を別にすれば、次に直面するのは相続の問題だと思った。

相続でもめるほどの財産もないしな~と楽観的でありつつも、相続のことを全く知らないのも良くないと図書館で物色していた時に見つけた一冊。

副題が「残された家族に迷惑をかけないことが親としての最後のつとめ」とあるとおり、高齢となった親世代を読者として想定していて、平易な内容大きめの文字、シンプルなメッセージで読みやすく、相続入門としてちょうどよい

「日本から“争族”をなくしたい」という一文から始まる本書は、相続コンサルタントである著者が自身の経験から遺言書を残すことの重要性を強調する。遺言書の具体的な書き方の前に、相続の基本や揉めるケースを盛り込んでくれているので、全体像をつかみやすい。事細かに記された相続の規則書より先に手を付けるべき一冊。構成は下記の通り。

  • 相続の基本
  • もめる事例
  • 相続の手続き
    1. 相続人の特定
    2. 財産の特定
    3. 遺言書の書き方

相続の基本

なんとなく想像する相続って、お金持ちの子供たちが話し合って、喧嘩し合って、というドラマみたいなものだが、そもそもやり方が2つあって、遺言書があるか無いかで決まるらしい。ある場合を「遺言書による相続」、ない場合を「遺産分割協議による相続」と呼ぶ。私が想像したのは後者で、相続人全員による協議と同意が必要なので揉めるのだ。

誰が相続するか、遺産をどう分けるか、何が相続される財産になるか、相続税はどうなるか、等々、一般的に疑問に思うことが網羅的に記載されている。

【誰が相続するか】
遺言書があれば、そこで指定された人だけが相続する権利を持つ。
遺言書がない場合は「法定相続人」が権利を持つ。法定相続人は血族に限られ、(常に相続人)配偶者 と、(第1順位)子 >(第2順位)父母 >(第3順位)兄弟姉妹。
順位が高い血縁者がいない or 相続放棄するなど無ければ下位順位が相続に関わることはない。孫・祖父母・甥姪が相続することもある(「代襲相続」)。
【遺産の分け方】
遺言書があれば、"基本的には" 遺言書で指定されている相続人が指定されている配分に従って相続される(例外は後述)。
遺言書がない場合、法定相続人全員で遺産分割協議を行い全員が同意しなければならない(←もめやすい!)ので、国が民法で目安を定めてくれている。これが「法定相続分」で、配偶者が半分、子供が残りの半分を山分け、といった分け方はここで規定されている。あくまで目安であって、全員で同意できればどんな割合でもOK。合意できない場合は家庭裁判所のお世話になる。

遺言書がある場合の例外("基本的には")について、配偶者・子・父母には最低限度の保証がされている(「遺留分」)。遺言書があるからといって、赤の他人に全額が譲られるということはない。

ここまで書いてきて思ったが、相続において配偶者がいかに強いかがわかる。常に相続人の立場にあり、遺産の半分を相続する。老齢資産家の若奥様が遺産目当てとやっかみを受けるのも仕方ないかもしれない。

【何が相続される財産になるか】
ほぼすべてが相続財産とみなされ、①不動産、②金融資産、③動産、④その他の財産(著作権など)(あと、負債)に大別される。被相続人が無くなった時点で相続人の共有財産となり、遺言書があればその指示に従い、なければ遺産分割協議で決める。
【相続税】
相続をした人のおよそ9割は相続税を払っていない。その理由は基礎控除があるからで、基礎控除額を超えた相続財産がある場合にのみ納税の義務が生じるから。
基礎控除は「3000万円+600万円×法定相続人の数」で計算され、遺産の総額がこれ以下なら相続税は発生せず、申告も不要。

さらに2つの制度で相続税を払わずに済む。
①小規模宅地の特例。330㎡までの宅地については不動産評価額の80%引きで計算する。
②配偶者控除。法定相続分以内、もしくは1億6000万円以下の場合、配偶者に相続税はかからない。

相続税について心配する必要はなさそう。

もめる事例

相続でのもめ事(「争族」と表現している)は昭和63年から平成27年の28年間で、8千件から1万2千件に増えた。著者は経済成長により家族の在り方が多様化したことにその理由を求めているが、もっと重要なのは、争族は遺産額5000万円以下の家庭で起きるのが大半だということだ。

家庭裁判所の統計で、遺産分割事件は1000万円以下で3割、1000万円以上~5000万円以下で4割、計7割を占め、ふつうの家庭ほどもめている事実が示される。『「うちの遺産なんかたかが知れているから大丈夫だよ」という人ほど、「争族」になりかねないと認識を改めなければいけません』。巷にあふれる相続税対策の本を読んでいる場合ではなさそうだ。

具体的なトラブルのケースがいくつか示されているので自分に関係ありそうなものをつまみ読みすればよい。本書の趣旨としては遺言書があれば全て防げることになる。

相続の手続き(1.相続人の特定)

遺言書を作る前の準備として、①相続人を特定する②財産を特定する、が必要とのこと。当たり前と言えば当たり前だが、思い立ったが吉日、で書けるものでもないらしい。相続人が何人いるかを確認するには戸籍を調べると書いてあり、ちょっと面食らう。大変そうだな、、、

戸籍の解説、家系図の作り方、戸籍の取り寄せ方などが記載されている。後々読み進めても遺言書の成立要件に戸籍や家系図は必須では無いっぽいが、もめ事を防ぐ観点から教科書的な指南がされているのかもしれない。相続時は相続人確定のため、被相続の出生時から死亡時までの連続した戸籍謄本を取得する。なので、遺言状作成には必須の作業。

【戸籍の解説】
戸籍とは、日本国民一人ひとりの出生から死亡までの身分関係(出生・死亡、親子関係、養親子、夫婦関係など)について登録し証明するもの。
戸籍調べは大変な作業で、
・遺言者本人と相続人全員の戸籍が必要
・1人に複数の戸籍がある
ため。複数の戸籍はどういうことかというと、書式や記載内容が変更されて6種類の戸籍があるからだそうだ(明治5年壬生戸籍~平成6年式コンピューター戸籍)。80歳なら「平成6年式コンピューター戸籍」「昭和23年式戸籍」「大正4年式戸籍」の3種類をたどる必要がある。

めんどくさそうである。

【家系図の作り方】
必要な人の戸籍を取得しよう、子(第1順位)なら簡単だけど、兄弟(第3順位)をやろうと思うと大変、という例が書いてある。
家系図を作っておくと、相続人が誰になるかは一目瞭然なのでオススメ、とのこと。
【戸籍の取り寄せ方】
自分の戸籍を入手 →親の戸籍を入手(兄弟姉妹の転籍情報入手) →兄弟姉妹、その先の戸籍入手 →家系図完成
まずは自分の住民票を市役所で取得しよう。住民票には本籍地が書いてあるので、本籍地の役所で戸籍を入手することが出来る(遠隔地なら郵便でも可)。これを親、兄弟姉妹で繰り返す。司法書士に頼めば数万円で代行してくれる。

めちゃくちゃめんどくさそうである。あと、本書は2017年の著書なので古い箇所もあるかもしれない。戸籍を実際に取り寄せた友人の体験談があるので、記載しておく。

正常独身青年、先祖の戸籍を取り寄せる
アブスト 結婚の見込みがない29歳正常独身青年が、ご先祖様に申し訳ないという気持ちから先祖の戸籍を請求した。6市町から31通の戸籍謄本を取り…

ここまでやってようやく法定相続人が一覧で出来上がる。遺言書を書くうえでは、家系図を見ながら、遺産を渡したい人、渡したくない人を吟味することになろう。

相続の手続き(2.財産の特定)

遺言書を作る前の準備その2であるところの、財産の特定。具体的には、何があって、どれくらいの価値(負債を含む)を把握すべく「財産目録」を作ることを勧めている。

【財産目録】
財産目録に決まった書式はないが、ポイントとして、①相続財産の種類を正確に書く、②相続財産の所在をはっきりさせる、③数量・割合も正確に書く、が挙げられる。
宅地、建物、農地・山林、有価証券、生命保険、動産など、細かめに評価方法が記載されている。必要な時に必要な項目を見ればよいと思う。

相続の手続き(3.遺言書の書き方)

「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」がある。私の中で遺言と言えば、和紙に筆で書いてあるイメージだが、前者に該当するだろう。

【自筆と公正の違い】
自筆は、すべての文章を自分で手書きした遺言書。民法のルールを無視して形式に不備があると遺言書全体が無効になる。
公正は、公証人に作成してもらう遺言書。形式不備の心配はないが手間とお金がかかる。

著者としては、どうせ作るなら公正証書遺言をおすすめしている。多少のお金で片が付くのなら、その方が絶対に楽だからそうだ。ただ、丸投げはNG、最低限は自分で勉強することと釘を刺している。

そして、相続を専門としたコンサルタントに相談することを強く勧めている。弁護士、司法書士、税理士はそれぞれ、民法(家族法)、戸籍・相続登記、相続税を専門としていて、相続全体を分かっている人たちではないからだ。まあ、自分が相続専門コンサルとしてやっている自負込かもしれないが。

あとがき・感想

はじめに述べたように、相続の全体像を学ぶのにちょうどよい入門書といったところ。気になるのは、初版がちょっと古い(2017年)ことと、子の立場として親には勧めにくいことである。父が自発的に本書を手に取るならともかく、私が父に「遺書書いてよ」とは中々言いにくいのが現実だ。病気で弱っている父に終活始めようなどと言ったら、がっくし来て本当に寿命を縮めかねない。兄姉たちと、相続ってこういうものだよね、という共通認識を形成するにはいい本だと思う。

なお、本書のタイトルである「ふつうの家族がなぜ相続でもめるのか?」について、5000万円以下の係争が7割を占める点については、保有資産5000万円以下の世帯が92%を占めるのだから普通では? と思った。(参考:よく見る野村総研の金持ちピラミッド、2021年の調査)

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8%くらいしかいない5000万円以上の世帯で係争の3割近くを占めるのだから、裁判レベルで揉めるのはやっぱりお金持ちということになる。それでも、裁判に至らずとも相続人同士の仲が険悪になることくらいありそうなものだから、普通の家庭で相続を円滑に進めるために、本書を一読する価値はあると思う。

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